Tea LOVER vol.1 [前編]
矢野きよ実さん
Tea LOVER | 2022/07/21
わたしの日本茶時間
矢野きよ実さん
(パーソナリティー・書家)
どうか今日一日が、
いい日になりますように…
願い、味わう日本茶時間
日本茶をこよなく愛し、ステキな日本茶時間を過ごしている方にフォーカスする【Tea LOVER】。記念すべき最初のゲストは、本サイト名「いい日になりますように」の題字を手がけてくださった、矢野きよ実さんです。
毎朝目覚めた瞬間から「まずは、お茶!」という筋金入りの“Tea LOVER”になったルーツから、美味しいお茶を淹れるコツまで……。言葉の隅々まで温かく、優しい味わいのする矢野さんの「日本茶時間」をまずは、前編にてお届けします。
朝茶は一日の
「はじまり」のセレモニー
すらりとした長身を包むエレガントなレースのワンピース……その華やかなオーラから発せられた言葉は、緊張していたこちらが拍子抜けするほど、温かな語り口でした。
「お茶のことで何かお話を、と聞かれて色々考えていたら、懐かしい近所のおばあちゃんとか……いろんな人の顔が浮かんできて(笑)。お茶は思い出を引き出すのですね」と柔らかな笑みをほころばせます。
たぐり寄せた思い出話の前に、まずは日頃どんなシーンで日本茶を楽しまれているかを伺いました。
左:書家として活動されている矢野さんの作品
右:矢野さんの代表作「いい日になりますように」の書が、温かな湯気とともに立ち込める愛用の湯呑みは、朝の日本茶時間を過ごす大切なパートナー
「特別なシーンも何もなくて(笑)。一緒に連れて歩いているような……お茶がないと生きていけないほどの存在ですね。子どもの頃に“朝茶はその日の難逃れ”と教わっていたので、とにかく朝目覚めると何よりも先にお茶を淹れます」
起きがけの一番茶は、矢野さんが18歳のときに亡くなったお父様に供えるそうです。その湯呑みには「涙は小さな海」というご自身の書が。
「父は釣り師でしたから、海に行くと亡くなった父に逢えるとずっと思っていました。それがこの言葉の由来です。朝目覚めたら、まずは父の写真の前にお茶を置いて、“今日も、どうかいい日になりますように”と願いながら、いろんな人の名前を呼びつつ顔も思い浮かべたりして。そのため、6分くらいかかってしまうんです(笑)。淹れたてのお茶の湯気はご馳走ですから……自分の中で一番大切な朝の“はじまり”のセレモニーですね。それを終えると、ようやく自分や家族のお茶を。そして仕事仲間にも、遊びに来る近所の子どもやおばちゃん達にも、まずはお茶を出しますね」
「涙は小さな海」……お父様を想って綴った言葉が書かれた湯呑みを、遺影に供えることが毎朝のセレモニーに
「美味しいお茶だね」
と言われたくて
誰であろうと分け隔てなく、日本茶を振る舞う矢野さんの人柄は、子ども時代に培われました。大須観音で知られる名古屋の下町で生まれ、大勢の大人に囲まれる毎日。小学生の頃から日本茶の淹れ方を覚えてお客様を日本茶でもてなし、「あぁ美味しいお茶だね」と言われることが、何より嬉しい褒め言葉だったとか。そんな矢野さんには、お手本になる憧れの存在がいたと語ります。
「父方の叔母の淹れるお茶が、もう本当に別格で。祖母は一口飲んでから決まって“うわぁぁ”と感嘆していました。隣に私がちょこんと座っていると、“きよ実、ほれ飲んでみろ。素敵だろぅ”って満面の笑みを浮かべてね。甘くて美味しい叔母のお茶の味わいと、その言葉が胸に刻まれて……そんなお茶を淹れられる女性になりたいと子どもながらに思いました」
素敵なお茶を淹れるコツ、教えます
誰に聞くでもなくお母様や叔母様の様子を真似ながら、日本茶の淹れ方を身につけてきた矢野さん。名人である憧れの叔母様が、教授してくれたコツは、「茶葉はたっぷりね、ケチっちゃだめよ。それでね、相手のことを想って淹れてね」という言葉に尽きると言います。
「叔母直伝の極意を受け継いで、たっぷりと茶葉を淹れるため、我が家は茶葉の減りがとにかく早くて。とにかく濃いめじゃないと満足できなくなってしまいましたね」。そう語る矢野さんが、「この急須で淹れると、叔母のお茶の味に近づけます」と教えてくださったのが、驚くほど極薄な常滑焼の急須。茶葉が重ならずゆっくりと広がるため、少ない湯量で日本茶の香りや甘味を十分に引き出されるそうです。
左:モダンな薄型の急須は、大小サイズ違いで揃えているほどのお気に入り
右:日常使いの茶器。茶筒は、矢野さんの日本茶好きを知るミュージシャンの友人からのプレゼント
■PROFILE
矢野きよ実
(パーソナリティー・書家)名古屋市生まれ。15歳でファッションモデルとしてデビュー。その後、テレビやラジオなど幅広いメディアでパーソナリティーとして活躍。名古屋弁による軽快なトークがトレードマークとなり、幅広い世代にファン層をもつ。書家としては、書で表現する独特の世界観が注目を集め、開催する書道展は連日大盛況となる。KIRINビールやANA、ドキュメンタリー番組など数多くの題字を提供。また、2011年3月11日の震災直後から日本赤十字愛知県代表として医師団と被災地に入り、被災地支援の「無敵プロジェクト」を立ち上げる。被災地の子どもたちの「心の声」を聞く「書」の授業を行う。子どもたちから預かった書を全国で展示、子どもたちの「心」を多くの人々に伝える講演を積極的に行う。2021年3月には、六本木ミッドタウンの「THE COVER NIPPON」でも書の展示「震災から10年、みんな、いい日になりますように」を開催。
構成・取材・文/樺澤貴子